辛夷(学名Magnolia kobus DC.)バラ科リンゴ属の落葉樹で、樹高は3~10m程度になります。
属名のMagnoliahahaはフランスの植物学者P.Magnolの名前からきており、種名のkobusは、和名のコブシに由来しています。
辛夷は、3月下旬から4月上旬にかけて、雑木に混じって枝一面に白い花を咲かせることから、春の訪れを告げる花として知られています。
山木蘭、ヤマアララギなどの別名とともに、春の季語にもなっています。
タマネギバナやイモウエバナなど各地にいろいろな方言があり、辛夷の花が咲く頃に農家では、田植えの準備のため田を掘り返す田打ちをはじめたり、大豆の種をまいたり、味噌の仕込みを始めたりと、暮らしに関わりのある季節の花でした。
花が終わると、こぶのある楕円形 でいくつかの実が集合した果実をつけ、10月ごろになると赤黒く熟します。
染色・草木染めにおける辛夷(こぶし)
辛夷は、『染料植物譜』に収載されており、1915年に農商務省山林局の調査で、長野県下において、実の煮汁を黒色染料にすることが挙げられています。
山崎青樹著『草木染事典』には、「緑葉を染色に利用し、錫媒染で黄色、銅媒染で灰緑色、鉄媒染でうぐいす色」と記載されています。
染料植物としてはあまり知られていませんが、古くから薬用効果が期待されていた植物であったので、染色に活用されることもあったのではないでしょうか。
辛夷の歴史
辛夷のコブシという和名は、ほころびはじめたつぼみの形が子供のこぶしに似ていることから、また果実の形がにぎりこぶしを連想させたのことに由来するのではないかとも考えられています。
古名ではヤマアララギやコブシハジカミといわれ、ヤマアララギはアララギ(イチイの別名)の香りに由来し、コブシハジカミのハジカミは、山椒の古名で、「こぶしの形をした辛いもの」の意味です。
平安時代に編集された漢和辞典『新撰字鏡』(892年)には山阿良々木、平安時代の薬物辞典である『本草和名(918年)』には、也末阿良々岐、平安時代の漢和辞書である『和名類聚抄(倭名抄)(931年~938年)』には夜末阿良々木などとあり、いずれも漢名の辛夷にその名前を当てています。
辛夷の名前は、コブシハジカミの略からきていると考えられ、鎌倉時代中期の説話集である『古今著聞集』(1254年)にはコブシの名前があったりと、だんだんとこの植物の一般名になったと考えられています。
辛夷のつぼみや花、枝葉には精油を含み、枝葉からコブシ油が採れ、花は香料の原料にも利用されます。
木材は、辺材と心材はともに灰黄色で、軽くてやわらかく、緻密で狂いが少ないため、まな板や楽器、下駄、版木、彫刻材、ろくろ細工など様々な木工加工に使用されます。
辛夷の薬用効果
日本においては、コブシに漢名の辛夷を当て、そのつぼみは、「辛夷」の名前で薬用にされることでも知られています。
中国における漢薬の「辛夷」は、中国最古の薬物学書である『神農本草経』の上品に収録されています。
『神農本草経』の特徴として、1年の日数と同じ365種類の植物・動物・鉱物が薬として集録されており、人体に作用する薬効の強さによって、上薬(120種類)中薬(120種類)下薬(125種類)というように薬物が3つに分類されている点があります。
中国の薬物学書において、「辛夷」はコブシそのものを指すわけではなく、「辛夷」はモクレン属植物のつぼみを表すようです。漢薬の「辛夷」は、解熱、鎮痛剤、頭痛、鼻疾患などに用いられます。
日本の「辛夷」は、従来のコブシのつぼみに変わって、それよりも香りの強い同属のタムシバ(Magnolia salicifolia)のつぼみを乾燥させたものが多いようです。
【参考文献】『月刊染織α 1983年5月No.26』