群青とウルトラマリンブルー。2種類の青い鉱物から生まれる美しい顔料


空の青、海の青。

私たちの身の回りは青色で溢れていますが、もし自然の世界から青色を取り出そうとすると、実際に手にできる青が非常に少ないことに気がつきます。

そのため、古くから人々は青色を絵具として手にするために、お金と時間と手間をかけてきたのです。

青色の顔料として、古くから非常に有名なのが、東西問わず世界中で使われていた群青ぐんじょうと西洋で大切にされてきたウルトラマリンブルーの二種類です。

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日本で重宝された群青(ぐんじょう)

日本の絵画の歴史において、古くから使用されてきた青い顔料は、銅が主成分であるアズライト(藍銅鉱)という鉱物から作った群青です。

英語では、マウンテンブルー(mountain blue)と言います。

壁画や絵画を彩ったアズライトの青は、日本ではもともと金青こんじょう紺青こんじょう空青くうせいという名称をもち、江戸時代以降に「群青」という名称が普及していきました。

現在でも高価な天然顔料として、画材に使用されています。

西洋の青、ウルトラマリンブルー

ラピスラズリ(Lapis Lazuli)という鉱石から採取した顔料は、ウルトラマリンブルー名前でも知られています。

Lapisは、ラテン語で「石」を意味し、Lazuliは、ペルシャ語で空色を表すLajawardから派生しているように、ラピスラズリは深い空の色に由来し、特にキリスト教において青は、天の神々を象徴する色として使用されていました。

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ラピスラズリ/Lapis-lazuli/Hannes Grobe/CC BY-SA 2.5/via Wikimedia Commons,Link

ラピスラズリは、学名はラズライトと言い、深い青色の表面に黄鉄鉱の金色がポツポツと輝くさまが、星空を連想させるような姿をしており、宝石のなかでは半貴石に分類されます。

色彩的な魅力は言わずもがな、アフガニスタンのバダクシャン地方の山岳地帯などの限られた場所でしか採取できなかったため、その希少性も相まって西洋では黄金と同様の価値があったようです。

ウルトラマリンブルーという顔料名は、Ultra(越えて)Marine(海)というように、遠くアフガニスタンから地中海を経由してヨーロッパに持ち込まれたことが名前からもわかります。

本格的に絵画用の顔料としてヨーロッパで使われ始めたのは、11世紀〜13世紀のイタリアが最初とされ、鉱石から複雑な製法を用いて顔料化したようです。

キリスト教の絵画制作において、聖母マリアの青いマントや衣服を描くために使用されたいたという事例も、絵画修復における絵具の分析でわかっています。

絵画の需要が増えることによって、1824年にはフランスの国立勧業協会が人工的にウルトラマリンブルーをつくることに対する懸賞金を出したほど、ウルトラマリンブルーに対する需要も増えるようになったのです。

ウルトラマリンブルーがヨーロッパで特別な存在として意味を持っていたのには、環境的な側面も大きくあります。

地中海地方では、まさにウルトラマリンブルーといっても良い海や空が広がっている場所が多く、その色を表現できる青が珍重されるのはよく理解できます。

日本におけるウルトラマリンブルー

日本では、明治以降に、西洋の絵画材料が使用される容易になり、人工的に作られたウルトラマリンブルーも絵具として輸入されるようになりました。

ただ、当時の画家などが残した記述からは、アズライトの群青と、ラピスラズリのウルトラマリンブルーを混同している例が多くあるのです。

西洋で極上の青とされたウルトラマリンブルーが、日本においてその地位を確立できなかった理由としては、江戸時代後期には、化学合成されたプルシャンブルーやコバルトブルーが輸入されていたことが挙げられます。

人工のウルトラマリンブルーは、すでに葛飾北斎や歌川広重が使いこなしたプルシャンブルーと言ってしまえば同様なもので、元々の天然のラピスラズリとしての希少性や象徴性は、ほとんどなかったとされています。

葛飾北斎が描いた「富嶽三十六景ふがくさんじゅうろっけい」のひとつ、「武州玉川」は、天然から取れる青では表現できない色であり、ベロ藍とも言われたプルシャンブルーが使われたとされています。

冨嶽三十六景 武州玉川-Fuji—The Tama River, Musashi Province, from the series Thirty-six Views of Mount Fuji (Fugaku sanjūrokkei) MET DP140975

葛飾北斎/冨嶽三十六景 武州玉川/Katsushika Hokusai/CC0/via Wikimedia Commons,Link

ウルトラマリンブルーに「群青」という名前が当てられたのも、日本ではすでに人工的な化学顔料が普及し始めており、群青という名前が、アズライトという素材を離れて、冴えた深い青色を意味する色の呼称である「群青色」として使われるようになっていたためと考えられているのです。

日本では、アズライト(藍銅鉱)が唯一の鉱物から作られる青でもあったため、ウルトラマリンブルーとの使い分けに混同が起こるのもよく理解できます。

Naturalis Biodiversity Center - Azurite - mineral

藍銅鉱/Azurite/Naturalis Biodiversity Center/CC0/via Wikimedia Commons,Link

日本における青の捉え方

日本では、もともと「赤」「黒」「白」「青」という名称が、色そのものを表したのではなく、明るさの程度を表現する言葉であったとされています。

青に関しては、緑や灰色などを含めた中間的な色彩や明るさを表現するものだったと考えられています。

「青い」という言葉が、木々の緑を指して使われてたり、信号が「青い」のもその名残りなのでしょう。

中国では古くから美しい石を総称して『玉』と呼びましたが、もっとも貴重とされたと言えるのが翡翠ひすいで、お守りや権力の象徴としても身につけられていました。

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Jan Helebrant/ CC BY-SA 2.0/via Wikimedia Commons,Link

日本においても貴重とされた青系の色は、ウルトラマリンブルーのような鮮やかな青ではなく、どちらかというと翡翠に代表される青味がかった美しい緑色だったのです。

参考文献:神庭信幸・小林忠雄・村上陸・吉田憲司(1999)『色彩から歴史を読む』ダイアモンド社


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