アイヌ人の伝統織物、アツシ。オヒョウの樹皮から織られた着物について


アイヌの伝統織物に、厚司アツシがあります。

アツシは、ニレ科の植物であるオヒョウ(オヒョウダモ)の樹皮を繊維にして織られた着物で、アツ(アッ)は、アイヌの言葉でオヒョウを指します。

Lacinata leaves

オヒョウ,Ulmus laciniata,Ptelea at English Wikipedia, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

広い意味では、シナノキやハルニレ、ツルウメモドキやイラクサの繊維で織ったものもアツシと呼ばれたようです。

オヒョウが雑木として伐採され入手困難になったため、主にシナノキの繊維が代わりに使用されていました。

シナノキは繊維の滑りが良く、糸作りや織りの制作時間も、オヒョウに比べると三倍ほど短縮された点も、シナノキに代替された理由の一つです。

ただ、オヒョウの糸のアツシの特徴として、やわらかくしなやかな風合いをもち、あたたかく、繊維も丈夫で洗濯ができ、衣服に適している点があります。

一方、シナノキの糸のアツシは硬く、折り目が割れて繊維がほつれやすい点があり、オヒョウの糸よりもやや劣るとされます。

オヒョウから繊維を取り出す工程

オヒョウの樹皮の採取は、樹齢12〜13年ごろの木が適しているとされ、春から初夏にかけて根元に切り口を入れて樹皮を一気に剥ぎます。

剥いだ皮は粗皮(厚くてかたい樹皮)を落とし、内側の白い樹皮を水の中に一週間ほど浸けておくと樹皮の表面にのり状のものが浮いてくるので、それをそぎ落とします。

水を変えて何回か繰り返し、その後2日ほど乾燥させれば繊維が保存できる状態になります。

次に皮に湿り気をかけながら細く裂いていき、結び目ははた結びで繋ぎ、結び目はつぶします。

糸に撚りをかけるのが一般的な時代もあったようですが、撚りかけない場合も多かったようです。

アツシの模様

アイヌには、織りや染色で文様を出すという技法がなかったので、主に布地を切り抜いて縫い付けた切伏きりぶせの技法と刺繍ししゅうの組み合わせで左右対称の幾何学模様を表現していました。

模様は、襟元や袖口、背中、裾などに丁寧かつ大胆にデザインされたりしましたが、装飾の意味だけではなく、本来の目的は魔除まよけであり、魔物が体内に忍び込むのを防ぐためのものであったといいます。

アツシの中には、シマフクロウが大きな眼をむいて、魔物をにらんでいるような大胆な図案もあるのです。

アイヌ語で着物のことをアミップ、またはチミップと呼んでいました。着物以外の帽子(コンチ)や脚絆きゃはん(ホシ)、手袋(テクンベ)、鉢巻はちまきなどにも文様があり、こちらも本来の意味は魔除けにあったようです。

日常的に着るものの色合いは比較的地味でしたが、祭事用になると色とりどりで華やかなものがあったようです。

アイヌの信仰と生活

大昔のアイヌ人たちは、狩猟採集生活をしていて、農耕といえば家の周りにヒエやアワを栽培した程度だったようです。

北海道をアイヌ・モシリと呼び、アイヌは人間、モシリは静かな大地という意味で、文字通り自然の民として今の北海道で暮らしていたのです。

コタンと呼ばれる小さな集落や村をつくって、漁業、狩猟、機織りなどの生活が営まれ、アイヌ人の信仰は、全ての自然物に神が宿ると信じるアミニズムであったようです。

大自然の恩恵に頼って生活していたので、四季折々に神をまつり、ヒグマやサケ、マグロなど食物が採れた時は必ずお神酒を捧げて神々に感謝することを忘れないような民族であったようです。

幕府の直接の支配地域として、和人わじん(アイヌ以外の日本人または大和民族)が入ってきてから、アツシ織りなどの技術は早い時期に失われていき、明治政府がおこなった同化政策によって、伝統的な生活や習慣、文化は徐々に消失していったのです。

参考文献:『月刊染織α 1981年8月no.5』


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