人類学における色彩の象徴性に関する研究は、1960年以降に、象徴人類学の盛り上がりにともなって世界各地の民族を対象に研究が行われるようになりました。
象徴人類学とは、人間はさまざまな現象を人為的に区別し、意味のあるカテゴリーに分けている(象徴づける)ことで世界を把握しているというように、現象を象徴によって読み解こうとする新しい方向性を人類学に示した学問です。
色彩の象徴性についての研究で有名なのが、ヴィクター・ターナーによるザンビア北西部州のンデンブ人の色彩象徴に関するものです。
赤・白・黒の象徴的意味
ターナーは「ンデンブ人の儀礼における色彩の象徴性」という論文のなかで、ンデンブ社会においては、赤・白・黒の三色がどのような儀礼のどんな意味をもって使用されるかを検討し、赤・白・黒の三色の「象徴的意味」を見出そうと試みました。
ターナーはンデンブ人の儀礼と色彩のつながりに関する事例を挙げながら、赤・白・黒の意味することについてまとめています。
赤・・・血・赤粘土・動物の血や出産の血・月経の血・殺人の際に流される血・妖術の犠牲者の流す血・力を持つもので善と悪の両方に働く
白・・・善・強くすること・健康にすること・清浄・不運や不幸がないこと・力をもつこと・死を免れること・首長職や権威・生命・健康・友好な状態・繁栄
黒・・・幸運がないこと・災難・病気になる・死・性的欲望・夜や暗闇の意味 参照:『色彩から歴史を読む』
上記が意味することを簡単にまとめると、白は肯定的で、黒は否定的であるのでこの両者は対の意味合いをもっており、赤は肯定的な面と否定的な面の両方の意味をになっていることになります。
3つの基本色の色の意味は世界中でもかなり共通している?
ターナーは、議論をさらに深め、赤・白・黒の基本的な色は、アフリカだけでなく、世界中の地域においても共通する点があると指摘しました。
根拠として、これらの三つの色が人間の基本的な身体経験、特に体からの分泌液と結びついているという点を挙げています。
白は、母乳や精液の色であって、繁殖の象徴として肯定的に受け取られており、黒は糞便や暗闇の色であるがゆえに否定的に受け取られ、汚れや死の象徴となります。
赤は血の色であり、母の血と結びつけば肯定的、戦いの血と結びつくと否定的な意味とされるとターナーは指摘しました。
しかしターナーの主張には問題点があり、血や乳・精液など人類にとって共通する色があって、それによってさまざまな分野を意味づけることができるという極端な見解がありました。
また前提として、「白は再生を意味する」「黒は死の印である」などといった、それぞれの色が何かを「意味する」「象徴する」という決めつけがありました。
色に固有な意味はそもそも備わってない
特定の色を媒介として、人間が経験する個々の状況を世界の全体像との関係において「位置づけする」行為であって、その色に固有的な「意味」がそもそも備わっているというわけではありません。
フランス人の人類学者、言語学者、認知科学者であるダンスペルベルは、「象徴とは、情報をコード化する手段ではなく、それを組織化する手段である」といっています。
「象徴」として呼ばれていたものは、特定の意味を表すものではなく、まとまりのない個々の経験を認識可能なかたちで一つにまとめる手段になるものといってもいいかもしれません。
つまり、「白は生命を表す」「黒は永遠に死ぬことの印だ」といったンデンブの人々の言葉は、特定の場面で白や黒が置かれている関係性によって連想された現象を、認識可能なかたちでまとめるために語ったことと言えます。
儀式で用いられる色彩も、関係付けられることによって、結果的に意味づけされるのです。
【参考文献】『色彩から歴史を読む』