ろうけつ染(臈纈染め)は、ロウを表面に置くことで、染料液を浸透させないようにする防染技法です。
日本で古くから行われてきた三種類の染色技法を「三纈」といい、絞り染めの「纐纈」、板締めの「夾纈」、そしてろうけつ染めの「臈纈」のことを意味します。
目次
染色におけるろうけつ染め(臈纈染め)
ろうけつ染(臈纈染め)は、ロウの水を弾く特性(撥水性)を利用したもので、中国や日本のみならず、世界中でこの技法が古くから使われてきました。
インドでは木版、インドネシアのチャップと呼ばれる銅板や手描き用のチャンチンなど、臈纈染めで使用される道具はさまざまです。
Canting チャンチン,HarfiBimantara, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons,Link
正倉院に保存されている奈良時代の臈纈の遺品は、当時は貴重な輸入品であった蜜蝋と思われるロウを「押臈纈」と称される版型法(木製の凸版で布地につけて、常温で染色したもの)によるものが圧倒的に多いです。
木版で模様を作っておき、蜜蝋を溶かしたものを木版につけてから布に押し付け、その後に植物染料で染めてから蝋を取り除いて仕上げたり、あるいは木版に模様を切り抜いて、そこに蝋を流し込むといった方法がとられていたようです。
技法上、色の数に制約があったため、夾纈ほど流行しませんでしたが、版型の押印角度を変えるなどした面白みのある作例がよくみられるようです。
蜜蝋は、染色のためだけでなく、下痢止めや老化防止、軟膏剤などの薬用として、また鋳型をつくる材料として中国からの輸入されていたようです。
ただ、日本における臈纈は、平安時代以降にはみられなくなっています。
理由として考えられるのが、蜜蝋は、輸入品なので高価であったこと、遣唐使の廃止によって蜜蝋が日本になかなか入ってこなかったこと、日本の気候が加熱を必要とするろうけつ染めには不向きであったこと、型染めなどの糊置きが普及したこと、ろうを落とすのが大変だったことなどが挙げられます。
また、平安時代には服装が十二単のように単色をいくつも重ねて着るようになったため、臈纈染めのような模様染めが必要とされなくなったとも言われたりしますが、本当のことはよくわかっていません。
時は流れ、明治時代に入ってから、ウルシ科のハゼノキからつくられた木蝋による「ろうけつ染め」が再び登場するのです。
筆を使って蝋を塗るのは、明治時代以降に行われるようになった防染法です。
ろうけつ染め(臈纈染め)に使用された天然由来の蝋(ロウ)
ろうけつ染めに使用されたロウは、蜜蝋の他、「木蝋」と呼ばれたウルシ科のハゼノキの木の実を圧縮して採取したものなども使用されました。
撥水性の防染剤はロウを使用すると考えられますが、化学的には飽和炭化水素(パラフィン)、飽和脂肪酸(ステアリン酸など)、ロウ(イボタロウ、セロチン酸セリル)、固体脂肪(木蝋、ラード)のほか、天然樹脂の松脂などに分類されます。
使用上は常温では固体で、単独、または混合して加熱して液体化することで使用することができます。
蜜蝋(みつろう)
ミツバチの巣の主成分で、蜜を取り除いた巣を加熱、圧搾して採取した粗ロウを天日晒法で漂白したのち、吸着法で処理し、乳白色の白ロウにします。
主成分は、ミリシルアルコールとパルチミン酸やセロチン酸などで、他の遊離脂肪酸などの不純物も含みます。
産地によって多少差がありますが、溶融点は63度〜65度でやや粘着性を持っているので、スタンプ型のロウ染めにも適しています。
奈良時代の臈纈は、蜜蝋が使用されていたとされます。
木蝋(もくろう)
ウルシ科のハゼノキの木の実を圧縮して採取した木蝋は、科学的には「ロウ」ではなく、パルチミン酸とオレイン酸とがグリセリンと結合した油脂が主体です。
結晶性で粘りの強い日本酸(Japan Acid)を約6%ほど含むため、亀裂が入りにくい特徴がありますが、木蝋は採取されたものによって色や固さ、溶融点などに少し差が出てきます。
防染力が比較的弱く柔軟なため、シャープな亀裂が入りにくく、しわのようなやわらかい感じの亀裂になるようです。
松脂(まつやに)
松脂は、松の樹幹から分泌される樹脂で、はじめは液状ですが時間経過とともに揮発分が蒸散して固形になります。
20%程度のテレピン油を含んだロジン(樹脂)で、約100度で溶融状態になります。
大正時代初期からろうけつ染には、木蝋と松脂を混合してたものが主に使用されてきましたが、各種のロウが開発されてたため、ほとんど使われなくなりました。
【参考文献】『月刊染織α1989年4月No.97』