兎を模様化(文様化)することは、中国から月の兎の伝説とともに伝わったとされます。
日本において、兎の模様(兎文)が表現されている遺品で最も古いのは、奈良県斑鳩町の中宮寺が所蔵する「天寿国繍帳(天寿国曼荼羅繡帳)」にみられる「薬壺を前にした兎文様」です。
「天寿国繍帳」は、飛鳥時代(7世紀)の染織工芸品とされます。
日本神話(古事記)における兎が出てくる物語である「因幡の白兎(いなばのしろうさぎ)」や、謡曲(能の詞章)の「竹生島」に由来して、兎に波を配したもの(波ウサギ)が工芸品や染織品に多く作られ、辻が花(つじがはな)でも表現された裂が残っています。
花兎金襴という名前でも呼ばれる「角倉金襴」は、草花の下に兎がいる模様(文様)で、京都の豪商であった角倉了以(1554年~1614年)が愛用したと伝えられる裂(名物裂)です。