扇は、儀式の際や夏の暑さに対して涼むために用いられる道具です。
平安時代前期に日本で生まれ、笏(しゃく)から変化して生まれたとする説がありますが、はっきりとはしていません。
扇は人々に用いられた道具として模様化(文様化)され、扇文としてさまざまな形で表現されてきました。
目次
デザインにおける扇文(おうぎもん)

扇模様 伊勢型紙
扇文は扇に関係したデザイン全般を表しますが、細かく分類すると地紙文や扇円文、扇散し文、扇面文、扇子文などがさまざまあります。
扇を広げると末広がりになるところから、開運や子孫繁栄の願いと共に縁起のよい吉祥文様として親しまれてきました。
地紙文(じがみもん)

地紙文(じがみもん),扇文(おうぎもん),伊勢型紙
扇は骨の部分があって初めて成り立ちますが、地紙とは、扇に貼る紙のことです。
扇面の形の地紙を散らしたデザインである地紙文が、小袖や能装束などにも多く表現されました。
地紙で区切った部分の中には、それぞれ美しい文様(模様)などが表現され、華やかな衣装となります。
古くは上杉謙信(1530年〜1578年)が所用したと伝えられる「金茶地練緯地描絵小袖」には、描絵で花などが描かれた地紙文が間隔をあけて表現されています。
金色のような黄味の多い茶色の練緯地に、墨のみ一色で描絵で模様が描かれており、江戸時代前期より前の遺品資料で、描絵だけで表現された小袖・胴服の類はこの小袖だけです。
明治時代には、絵絣の柄に多く地紙文が用いられました。
扇円文(おうぎえんもん)
扇円文は、三つの扇面の要部分を中心に寄せ集め、円形に扇を形成したものです。
鎌倉時代(13世紀ごろ)に作られた漆塗の手箱である「檜扇紋散蒔絵手箱」は、檜扇(宮中で用いられた木製の扇)を用いた扇円文が全体に表現されています。
鎌倉期の絵巻には、檜扇を染め抜いた装束が見られますが、蒔絵(漆工芸の代表的な加飾技法)のデザインとしては、上記の手箱は唯一の遺産です。
扇散し文(おうぎちらしもん)
扇散し文は、全開の扇を散らしたもので、前開・半開・閉じてたたんだ扇を取り混ぜて散らしたデザインもあります。
鎌倉時代からの蒔絵の装飾模様(文様)に、優れた扇散し文(おうぎちらしもん)のデザインが見られます。
蒔絵とは、漆で絵を描き、乾かないうちに金粉などを蒔く、日本独自の漆工芸です。
室町時代には、源氏絵(『源氏物語』を題材とした絵画)や「伊勢物語」、「平家物語」など物語絵を描いた扇面を、下絵を描いた地紙に散らしたデザインが生まれます。
江戸時代の17世紀ごろに作られた屏風である「扇面散屏風」には、扇の形をした画面に、さまざまな絵が描かれ、屏風に貼り付けられています。
下絵は川波や水辺の波打ち際(渚)、土手に葦(イネ科の植物であるアシ)を茂らすなどした景観が用いられました。
扇面を飾る絵画によって扇散し文(おうぎちらしもん)は華やかさを増し、このようなデザインは染織品においても好まれました。
安土桃山時代の能装束や小袖には、縫箔や辻が花染などによる数々のデザインがほどこされています。