柏(学名:Quercus dentata)は、その若葉をお餅に包んだ「かしわ餅」の名前でも知られている植物です。
漢字では、柏のほか、槲や檞の字が当てられ(以下、柏の表記に統一)、「ほそばがしわ」、「たちがしわ」、「もちがしわ」、「おおがしわ」など多くの異名があります。
種名の「dentata」は、葉っぱの形が、のこぎりの歯のようにぎざぎざした形状(歯状)なっていることを意味しています。
染色・草木染めにおける柏・槲・檞(かしわ)
柏は、ブナ科の落葉高木で、北海道から九州、中国など幅広く分布しています。
木の高さは20メートルに達するものもあり、雌雄同株で、4月から5月にかけて若葉が伸びる頃に黄褐色の小さい花が咲きます。
木材は、木目は粗いですが、強くて堅く、そして重い特徴があります。
割りやすく加工にも適しているので、土台や枕木、床板や船材、ウイスキーの樽、まき材などさまざまな用途に使用されます。
樹皮や葉には、タンニンやクエルシトリンなどのフラボノイドが含まれています。
古くから日本各地において、魚介類を捕獲するために用いる漁網や絹織物の染色に用いられてきました。
また、樹皮はタンニンを多く含んでいるため、皮を鞣すための鞣し剤にも使用されていました。
上村六郎(著)『民族と染色文化』には、樹皮の煎汁を用いて、そのままで褐色、鉄媒染で紺黒色、石灰媒染で黄褐色、ミョウバン媒染で淡黄色に染まり、葉っぱでもほとんど同じような効果が出ると記載されています。
また、アイヌ民族が使用していた染草に柏を挙げています。
江戸中期の儒学者・本草学者・教育者である貝原益軒の著書『秘事記(萬寳鄙事記)(1705年)』には、「かしわ染」として、葉を用いて黒染めされたいたことが下記のように記載されています。
黒染也、久しく成ても色変ぜず、又弱からず、柏の葉を多く取て濃くせんじ、布帛を簇子にはりて、右の煎じ汁を数十返、刷毛にて引、其後黒泥(くろきどろ)に一返ひたし、少時有てあらひおとす」『秘事記(萬寳鄙事記)(1705年)』
また、江戸時代後期の本草学者(薬物学)佐藤成裕の随筆で、各地で見聞きした雑事や各藩の産物などについて記されている『中陵漫録(1826年)』には、「おはぐろ」の染める材料として柏の木を使った早鉄と称するものの記載があります。
奥州白河の村民は、春槲の木の新芽を採て、搾て青汁と絞り、文火にて煎じ、結膏の如くして、木の葉に包み、日乾す、久を経て硬くなるを破て、鉄漿の中に入て歯を染しむ、五倍子の代薬なり、土俗、是を早鉄と云、或市中に売に出る『中陵漫録(1826年)』
上記では、春の若葉を絞った青汁を火に煎じ、ペースト状にして木の葉に包んで乾かし、硬くなったものを鉄漿のなかに入れて歯を染めるとしており、五倍子の代わりもなったと記載されています。
柏・槲・檞(かしわ)の薬用効果
柏の樹皮は、生薬名で檞樹や檞葉といい、タンニンによる収斂性が利用されているもので、クヌギなどの同属植物の樹皮と同様の効果が期待されていました。
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収斂作用とは、タンパク質を変性させる(凝固)ことにより組織や血管を縮める作用で、皮膚や粘膜の局所に作用し、被膜をつくって保護するほか、血管を収縮して止血したり、下痢を阻止する効果があります。
樹皮は、煎じて服用するほか、やけどや皮膚のできものには煎液を塗ります。
樹皮だけでなく、葉っぱや果実も薬用として活用されました。
柏・槲・檞(かしわ)の歴史
7世紀後半から8世紀後半にかけて編纂された、日本最古の歌集である『万葉集』には、柏に関するものと思われる和歌が4首あります。
吉野川巌と栢と常磐なす我れは通はむ万代までに『万葉集(第7巻1134番歌)』
秋柏 潤和川辺の 小竹の芽の 人には忍び君に堪へなくに 『万葉集(第11巻2478番歌)』
朝柏潤八川辺の小竹の芽の偲ひて寝れば夢に見えけり『万葉集(第11巻2754番歌)』
印南野の赤ら柏は時はあれど君を我が思ふ時はさねなし『万葉集(第20巻4201番歌)』
平安時代の漢和辞書である『和名類聚抄(倭名抄)(931年~938年)』には、「本草云 槲 和名加之波、唐韻云 柏 和名同上」とすでに名前が記されています。
柏の葉は秋に枯れて黄色に変わりますが、普通の落葉樹のように全部葉が落ちずに翌春まで残り、新葉と交代するように落ちる特徴があります。
そのため、譲葉と同じく代を譲るさまから古くから神事や祝い事に関連づけたり、秋になると樹木の神(葉守の神)が柏に移るとの信仰がありました。
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次の代へと葉をつなぐ柏にあやかり、男の子の成長と子孫繁栄の縁起を担いで、端午の節句(5月5日)に食べられるようになったのが「かしわ餅」です。
かしわ餅は、江戸時代の寛永年間(1624年〜44年)以来、日本において広く普及し、柏の若葉は大きく柔らかで、両面に毛が生えているような表面になっているので、蒸しても餅がくっつかず、乾燥しにくいのも利点としてありました。
柏は古くから人々に親しまれてきため、その葉を図案化した家紋は非常に多く、もともとは神事を司る家系から出たものといわれ、現在も神職に多く見られる家紋となっています。
三つ柏は、「柏紋」の一種で、柏の葉を3つ描いた図案の家紋のことですが、日本の家紋のうち、広く用いられている10つの家紋(十大家紋)のひとつに数えられています。
【参考文献】『月刊染織α1983年No.22』