観世水文とは、水が渦巻いている(流れている)様を表した模様(文様)です。
能楽の家元(流派)である観世太夫が、観世家の定色文様として使用したことに由来しています。
デザインにおける観世水文(かんぜみずもん)
観世水文の模様は、波紋を横長に広げ、上下・左右に自然に連続させたデザインとなっています。
能装束の遺品に優れたものが多く残っており、観世水文は、地紋としてや水辺文としてデザインに活用されてきました。
安土桃山時代からデザインに観世水文が活用され、江戸時代には歌舞伎役者の澤村源之助(四代目澤村宗十郎)(1784年〜1813年)が「小間物屋弥七」役で、観世水文が表現された衣装を身にまとったことから大衆にも流行しました。
歌舞伎役者の衣装は、大衆の風俗(模様表現)に対して大きな影響があり、江戸時代前期頃から歌舞伎文様として多くの柄が流行していきました。
江戸時代の17世紀頃に作られた、「摺箔 紅地観世水桐模様」は、平行に流れるように渦巻いている観世水文が表現されています。
江戸時代中期の18世紀頃に作られた「白繻子地観世水文様縫箔」は、着物の全面に繊細な観世水を銀摺箔で表されています。