デザインにおけるアイリス(Iris)


アイリス(Iris)の花は、その色から、希望や光、無垢むくの愛などのイメージを持つ花として愛されています。

ギリシャ神話には、「虹の女神」といわれるアイリス(Iris)が登場し、彼女は、天界と地界とを結ぶ美しい虹色の橋をかけ、地上に不穏な動きがある時は、天から地へ、地から天への連絡役を引き受けたといいます。

アイリスの花は、「虹の女神」の色彩を写しとった花として、ヨーロッパの人々に愛されてきたのです。

ヨーロッパのデザインにおけるアイリス(Iris)

アイリスの花は、ヨーロッパおいてタペストリーや絵画などさまざまなもののデザインのモチーフとされてきました。

アイリスは、キリスト教図像学ずぞうがくでは、高貴や無垢むく、神聖などのシンボルであるため、そのイメージを汲んだデザインも多く見受けられます。

ルネッサンスの頃(14〜16世紀)には、アイリスは様々な美術品に登場します。

ヤン・ファン・エイクJan van Eyck(1390年頃〜1441年)『泉の聖母いずみのせいぼ』(Madonna bij de fontein)。

ヤン・ファン・エイク,『泉の聖母』(いずみのせいぼ),Kmska Jan Van Eyck (ca.1390-1441) - Madonna bij de fontein (1439) 28-02-2010 13-41-46

ヤン・ファン・エイク,『泉の聖母』(いずみのせいぼ),Jan van Eyck, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

レオナルド・ダ・ヴィンチの、『岩窟の聖母がんくつのせいぼ』(Vergine delle Rocce)。

『岩窟の聖母』(がんくつのせいぼ),Leonardo da Vinci - Vergine delle Rocce (National Gallery London)

『岩窟の聖母』(がんくつのせいぼ),Leonardo da Vinci and workshop, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

アルブレヒト・デューラー(Albrecht Dürer)の『アイリスのマドンナ』(Albrecht Dürer)など、数多くの美術品にアイリスが登場し、キリスト教の「受胎告知じゅたいこくち」、信仰の象徴とされていました。

アルブレヒト・デューラー,アイリスのマドンナ,The Madonna with the Iris,The Madonna with the Iris

アルブレヒト・デューラー,アイリスのマドンナ,The Madonna with the Iris,Workshop of Albrecht Dürer, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

17世紀には、「花のブリューゲル」との異名をとった画家、ヤン・ブリューゲル(Jan Brueghel de Oude)をはじめとして、数多くの画家たちによって描かれました。

ヤン・ブリューゲルの『花』には、バラ、チューリップ、ユリ、スイセン、カーネーションに混じって、アイリスが描かれています。

ヤンプリューゲル,『花』,Jan Brueghel de Oude - Flowers in a Wooden Vessel - Google Art Project

ヤンプリューゲル,Jan Brueghel de Oude, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

フーゴー・ファン・デル・グース(Portinari Altarpiece)の『ポルティナーリ祭壇画』にはユリやオダマキとともに、アイリスが描かれています。

フーゴー・ファン・デル・グース,『ポルティナーリ祭壇画』Hugo van der Goes - Trittico Portinari - Google Art Project

フーゴー・ファン・デル・グース,『ポルティナーリ祭壇画』Hugo van der Goes, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

アイリスは、18世紀後半から19世紀にかけて、染織模様のモチーフとしても数多く登場してきます。

19世紀初頭、フランスのリヨンでは、バラの柄をはじめとして、数多くの紋織物が制作され、その中にもアイリスをモチーフにしたものも含まれています。

19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動であるアール・ヌーボー期(Art nouveau)の代表的なガラス作家であるエミール・ガレ(1846年〜1904年)の作品にもアイリス模様のガラス器があります。

日本のデザインにおけるアイリス

日本におけるアイリスは、燕子花かきつばた(学名Iris laevigata)やアヤメ(学名Iris sanguinea)、ハナショウブ(学名Iris ensata)、シャガ(学名Iris japonica)など、専門的には区別されています。

7世紀後半から8世紀後半にかけて編集された、現存する日本最古の歌集である『万葉集まんようしゅう』には、燕子花かきつばたが詠われており、古くから人々に親しまれていたことがわかります。

平安時代の歌人である在原業平ありわらのなりひら思わせる男を主人公とした和歌にまつわる短編歌物語集であるの『伊勢物語』には、五七五七七の最初の文字を並べると「かきつはた」になる下記の一首を詠んでいます。

唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる たびをしぞ思ふ

現代語訳 (何度も着て身になじんだ)唐衣のように、(長年なれ親しんだ)妻が(都に)いるので、(その妻を残したまま)はるばる来てしまった旅(のわびしさ)を、しみじみと思うことです

古くから、、燕子花かきつばたが日本人の美意識や情感に非常にうまくマッチしていたと言え、さまざまなデザインの題材にも用いられてきました。

美術品としては、平安時代後期の作品で、国宝の「澤千鳥螺鈿蒔絵小唐櫃さわちどりらでんまきえこからびつ」には、燕子花かきつばたやオモダカの咲く水辺に千鳥の群れ集う様子が描かれています。

安土桃山時代になると、狩野山楽かのうさんらく(1559年~1635年)や長谷川等伯はせがわとうはく(1539年〜1610年)などの時代を代表するような絵師にも燕子花かきつばたが描かれます。

江戸時代には、風神雷神図で有名な俵屋宗達たわらやそうたつ尾形乾山おがたけんざん(1663年〜1743年)、尾形光琳おがたこうりん(1658年〜1716年)渡辺始興わたなべしこう(1683~1755)などの絵師によって、燕子花かきつばたが描かれた名作が次々と生まれました。

尾形光琳おがたこうりんの作品で国宝の「燕子花図かきつばたず」は、江戸時代のみならず、日本の絵画史全体を代表する作品としても知られます。

尾形光琳,燕子花図,,Irises screen 2

尾形光琳,燕子花図,Ogata Kōrin, Public domain, via Wikimedia Commons,Link

染織模様においても、安土桃山時代から数多くの能衣装や小袖のモチーフとなっており、数多くの燕子花かきつばたやアヤメの模様が作られています。

【参考文献】『月刊染織α1985年No.55』


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