型絵染は、絵画のような表現を重視した型染めのジャンルの一つともいえます。
型絵染という名前は、人間国宝で著名な染色工芸家であった芹沢銈介(1895年〜1984年)が名付けました。
彼の作品には、初期の頃から型絵染がみられます。
目次
型絵染(かたえぞめ)の特徴
古くから型染めといえば、江戸小紋や長板中型などの抽象的な模様のイメージが強い伝統技法です。
一方、型絵染は、沖縄の紅型などの影響を受けながら、型染の技法を基本としつつも芸術的な表現を追及する過程で発展してきたともいえます。
芹沢銈介、稲垣稔次郎(1902年〜1963年) 、鎌倉芳太郎(1898年〜1983年)の3名は、「型絵染」の名称で国の重要無形文化財(人間国宝)に指定されました。
型絵染は、型紙を用いるという技法的に制約があるがゆえに、表現の上ではそれが大きな特徴となるのです。
あえて型染めで表現することで、型絵染ならではの味が出るといっていいでしょう。
型絵染の技法
下絵を書く
まず、型を彫る前に、どのようなデザインにするかを考えますが、型を彫ることを常に頭に浮かべながら構想を考える必要があります。
デザインを考えられたら、薄手の美濃和紙に写します。
美濃和紙は、薄くて型紙に貼りやすく、貼ったまま型が彫りやすいために使用していますが、代用できるものがあればなにでも大丈夫です。
型を彫る
型紙は、伊勢型紙が古くは有名で、三重県鈴鹿市の白子や寺家地域で多く生産され、全国に出回っていました。
型紙に使われる紙は、何枚もの和紙を貼り合わせ、両面に柿渋の液を塗り、室の中で煙で燻すことで、水に強く伸縮性がすくない渋紙が作られていました。
型を彫る前に、下絵のデザインを型紙に写すか、図案を貼り付けます。
型を彫るためには、鋭く研ぎ上げた小刀を使用しますが、カッターナイフでも代用できます。
下絵の線に沿って彫り進めますが、模様が抜け落ちてしまわないように「繋ぎ(吊り)」を彫り残して、模様を繋ぎとめます。
この繋ぎもデザイン次第では、表現の大事な要素になります。
あまりに慎重にならず、大胆に彫り進めていくと線が勢いのある生き生きとしたものになります。
型紙には、模様部分を彫り抜いて、その部分に防染糊が置かれる「地染型」と、逆に地の部分を彫り抜く「地白型(堰出し型)」があります。
紗張り(しゃばり)
彫り上がった型紙は、紗張りをします。
紗張りをしないで用いる場合もありますが、型紙を丈夫に保ち、長く使っていく場合は紗張りをした方が良いでしょう。
最初に、新聞紙を下に敷いてから、霧吹きで新聞を湿らせます。その新聞紙の上に型紙の表面を上にしておき、霧吹きで湿らせます。
型紙に紗をのせてもう一度霧吹きをかけ、その上から新聞紙をのせて上から軽くを抑えることで、型紙と紗をなじませるのです。
その上から、古くは漆を塗ることで、型紙と紗をくっつけていましたが、現在ではホームセンターなどでも手軽に購入できる「カシュー」を使用するのが良いでしょう。
カシューを塗ってからしっかりと乾燥させ、可能であれば再度カシューを塗って乾燥させると強度の高い型紙になります。
不要な「繋ぎ(吊り)」を切り落とせば、次の工程に移ります。
地張り(じばり)
個人で行う分には少量の糊置きをする場合はわざわざ準備する必要はありませんが、仕事で行っている場合は糊置きするための机がきちんと用意されていました。
糊をおく際に生地がずれないように、生地を机にしっかりとくっつけるために、机に接着剤をつける地張りという作業が行われていました。
机は型板などと呼ばれ、樅の木のものが板の狂いが少なく最も良いとされていますが、簡単に入手できるものがありませんので、ベニア板で代用しても問題ありません。
ただ、ベニア板はそもそもが歪んでいたり、経年で歪んでいってしまうことがあるので、その点は注意する必要があります。
現在は、市販で粘着用のスプレーのりがあるので簡単に代用できますが、それがなかった時代は、地張り用の敷糊を作っていました。
モチ粉を容器に入れて、少量の水を入れて火にかけ、温めつつ練りながら水分調整して、市販の糊くらいの柔らかさにできたら冷まして完成です。
型板に敷糊をのせ、金属製の大きいヘラで均一に塗っていきます。
乾燥したら、再度1〜2回塗って乾かすを繰り返してます。
生地を型板に張る前に、水分を含ませた刷毛で湿りを与えて敷糊の粘着性を戻します。
型板の上にシワがよらないように生地を貼りつけ、その後に乾燥させて準備が完了です。
型糊を作る
糊置き(型付け)に使う防染糊を、型糊といいます。
型糊は、染料店で売っており、自分で練って調節すればすぐにできますが、自作することももちろんできます。
モチ粉とヌカを同量混ぜ、食塩を少々加えた水で固めに練っていきます。
練ったものをドーナツ状に丸め、蒸し器で40分〜1時間ほど蒸します。
蒸しあがったら、他の容器に移して石灰をお湯に溶かした液を加えてさらに練り上げます。
粘りの強い糊が良ければ、モチ粉の量を増やしてヌカの量を少なくします。
この糊を元糊として、糊置き前に食塩を混ぜたお湯を加えて再度練り、糊置きに適した柔らかさにしてから使用します。
石灰を加えていくと、糊が黄褐色に変化していくので、色の変化をみながら加えていきます。
食塩を加えると、糊が割れにくくなり、石灰は糊の粘度を高めて防染を増し、乾燥を早める効果があります。
糊置き
糊置きの2〜3時間前から、型紙は水に漬けておきます。
型紙に水を含ませると、乾燥時に比べるとしなやかになるので、糊置きしやすくなります。
水から引き上げた型紙は、しっかりと水気を切ってから使用します。
連続模様など、長い時間同じ型紙を使って糊を置く場合は、途中で型紙が乾いてくると型紙が縮んできて模様が合わなくなる可能性があるので、作業の途中でも型紙が乾いてきたら霧吹きを活用して湿り気を与える必要があります。
型紙を生地の上に置き、必要であれば上の端っこ部分をまち針などで動かないように留めてから糊置きをします。
ヘラで糊をすくい、ヘラを進行方向に傾けながら、左端から上下に手前と手先を往復させ、均一に糊が布に付くようにリズミカルに作業を進めて、糊を置いていきます。
使用した型紙は、糊をよく拭き取ってから水で綺麗に洗い落として、しっかりと乾燥させてから保管します。
地入れ
作った豆汁を生地に引くのを地入れ(豆地入れ)といい、糊置きの後、染色の前に地入れ作業をします。
豆汁は、生地一反ほどであれば、180gの大豆を一晩ほど水に漬けてふやかさせ、ミキサーで擦り潰したあと、布で濾します。
濾した液に、石灰を大さじ1杯ほど加えて全体が200ccになるように水で薄めます。
地入れをするのは、均一にムラなく染め、染料が糊をくぐって糊の下に滲むのを防止する効果があります。
豆汁があまり濃すぎると生地の風合いを損ねる可能性があるので、注意が必要です。
地入れは、糊置きが終わって乾燥した生地の両端を張木で、留めて水平に張ります。
生地がたゆまないような間隔で伸子を掛けていき、刷毛に豆汁をしっかりと含ませてから、引き残しがないように満遍なく引き、しっかりと乾燥させます。
染色
染色(色差し)には、染料と顔料を使用する2パターンあります。
関連記事:顔料と染料の違い、特徴や性質。顔料を意味するさまざまな言葉と歴史について
顔料を使用する場合は、顔料や豆汁で溶く方法が古くから行われていました。
豆汁の場合は、すり鉢に顔料を入れて、豆汁を加えながらといて色濃度を調整していきます。
染色には、模様に合わせて大小様々な刷毛を使用しますが、基本的には小さい刷毛を用います。
染色に順序は特にありませんが、基本的には淡い色から濃い色へと進めていきます。
模様部分の染色が一通り終わったら、仕上げに「ぼかし」の作業をします。
例えば、薄い色の上に部分的に濃い色が差し込むような「ぼかし」を入れると、模様に奥行きとアクセントが加わります。
伏せ糊
伏せ糊は、染色した部分を筒描き用の糊で、糊伏せし、地色を染める時に防染の役割を果たすもので型付け糊よりも粘度の高い糊を用います。
伏せ糊の作り方は、型付け糊と同じですが、モチ粉とヌカの比率を6対4や7対3とモチ粉の比率を高くし、蒸す時間を長くします。
先端に筒金を装着した糊筒に伏せ糊を入れて、ケーキのホイップを塗るように防染したい部分を覆っていきます。
覆った部分を指先で糊の表面をならしていき、気泡が入って泡状になっている部分を丁寧につぶしていきます。
糊が覆ったら、木屑やおがくずから作ったひき粉を篩にかけながら表面にかけていき、余分なひき粉はほうきで払い落とします。
ひき粉は、染色の際に糊と糊がぶつかってはがれるのを防いだり、糊が流れたりするのを防いだり、引き染めする場合には糊がくずれて地染め部分にくっついてしまうのを防止する効果があります。
防染糊が裸のままであると外部からの刺激で問題が起きるリスクが高いので、ひき粉で表面をカバーすることで、防染糊を補強するのです。
地染め
地染めは、引き染めで行う場合と、浸染で行う場合があります。
藍染の浸染で行う場合、伸子に染める生地を掛けてから、染める前に水に浸けて生地に水分を浸透させます。
乾燥させたままではなく、先に水分に浸透させておかないと、染めムラが起きる可能性があるからです。
水を切ってから、状態の良い藍にゆっくりと浸していきます。
一定時間藍液に浸けて、引き上げて空気に触れさせて酸化させる作業を繰り返して目的の色が染めていきます。
地染めを引き染めで染色する場合は、生地に張木を水平に張り、伸子掛けをしてから刷毛で引いた後、乾燥させます。
蒸し作業
引き染めで地染めした場合は、蒸しの作業を行なって色を定着させます。
洗い
染色した生地は、水やお湯に浸けて糊をやわらかくしてから、毛先の柔らかい刷毛でしっかりと洗い流していきます。
【参考文献】『月刊染織α 1984年7月No.40』