人類の営みにおいて、織物が作られるようになる際の原型とはいかないまでも、織布の先駆けともいえるものとして、木の皮の繊維から作る樹皮布が挙げられます。
目次
樹皮布(じゅひふ)とは
樹皮布とは、樹木の皮を木槌や石斧(いしおの)などでたたいて伸ばし、繊維が絡みあって交差するように重ねてつくる布です。
樹皮布は、アフリカのコンゴや東南アジアのタイやインドネシア、南太平洋諸群島、南アメリカなどで古くはみられ、そのなかで特に図柄や技法が発達していた地域として、ハワイ諸島やサモア諸島が挙げられます。
樹皮布は、日本にも縄文時代には渡ってきたのではないかとの想定が考古学者であった後藤守一氏にされていますが、樹皮は腐りやすく存在を証明する史料がないため、確かな情報とは言えません。
ハワイ諸島における樹皮布
ハワイ諸島においては、樹皮布の版染めが発展していました。
樹皮布は、クワ科の植物が主に使用され、クワ科の樹皮は肉厚で、柔軟に繊維が絡みあっているという特徴があります。
樹皮布の製作には、繊維がよく絡み合いながら、よく延び、なおかつ弾力性のある素材が理想的とされ、その条件に適した素材がクワ科の植物だったのです。
樹皮布の作り方
樹皮布の作り方としては、採取した樹皮(クワ科の植物の樹皮がよく用いられる)を水に浸した後に台に乗せ、棒や石で繊維を叩き潰すことで、余分な樹液を出すとともに、繊維の絡み合いをほぐしてフェルト状に平均化させます。
樹皮布は、樹皮繊維を叩いて延ばして、樹皮同士をからませるシンプルな方法でつくられるのです。
仕上がりは、なめした革のようにしなやかで、色ののりも良くなります。
ハワイ諸島には色土も豊富で、樹皮布を染めるのに都合の良い条件もそろっていたといえます。
色の膠着剤(色が定着するのを助ける役割)には、ココヤシから作られる椰子油、すなわちココナッツオイルが主に使用されていました。
世界の樹皮布と歴史

樹液で模様が描かれた樹皮布(じゅひふ),アフリカ,コンゴ民主共和国(ザイール地方)
オーストラリアの先住民族であるアボリジニの樹皮画や、パプアニューギニア、ペルー、ウガンダなど樹皮布は世界中でも使用されましたが、最も広範囲に使用されていたのが、南太平洋の諸群島で生産されたものと考えられます。
古代インドでは、紀元前2世紀から紀元後2世紀にかけて成立したと考えられている「マヌ法典」の中に、樹皮布らしい記述があるようです。
インドネシアでは、樹皮布を作る民族として、ダヤック人やトラジャ人が知られていました。
樹皮布の発生地は、中国の学者が推測する説としては、中国の閩南や雲南、またはそれに隣接する地域から、民族移動によって広がってきたというものがあるようですが、身近な樹皮を織物のように活用するというアイデアは、どこでも考えられうるアイデアなので、その起源というものを考えるのはあまり意味をなさないことでしょう。
樹皮布に使用する樹木がクワ科の植物であることから、その発生を一ヶ所に推測する試みがありますが、身近にある植物で加工しやすかったものが、結果的にクワ科であったと考えるのが妥当なのでしょう。
【参考文献】岡村吉右衛門(著)『世界の染物』