鷹は、勇気があって勇ましい様から武人の間で非常に好まれていました。
飢えても穂をつまず、渇いても温泉の水を飲まぬとされ、そうした克己心(自己にうちかつ心)と強さを表す文様として、武将に好まれていたのです。
デザインにおける鷹の羽・鷹の羽文(たかのはもん)
家紋・丸に違い鷹の羽,Hakko-daiodo, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons,Link
鷹の羽は矢羽として、尚武(武道、軍事を重んじること)の意味を持ち、デザインの文様や紋章にされました。
鎌倉時代後期の1293年(永仁元年/正応6年)に制作された絵巻物である『蒙古襲来絵詞』において、菊池次郎武房の旗に鷹の羽の紋が描かれています。
江戸時代のことわざである「一富士二鷹三茄子」が描かれた模様においても、鷹の羽で鷹が表現されることもありました。
「一富士二鷹三茄子」は初夢に見ると縁起の良いとされるものの順で、「富士」は日本一の山、「鷹」は威厳のある鳥、「茄子」は生すや成すを表して物事の発展するさまを言い表わしています。
江戸時代に製作された「裃 浅葱麻地鮫小紋」には、違い鷹の羽紋が染め抜かれています。
鷹の羽紋は、忠臣蔵の浅野家の家紋として有名です。