江戸っ子という言葉が、文献にみえはじめるのは、18世紀後半の明和年間ごろ（1764年〜1771年）とされます。

江戸っ子とは？

江戸っ子に関する文献を調査した歴史学者である西山松之助にしやままつのすけは、彼の著書『江戸っ子』にて、江戸っ子には「自称江戸っ子」と「主流江戸っ子」の二種があり、二重構造をもっていると述べています。

下記は、西山松之助（著）『江戸っ子』からの引用です。

二重構造という意味は、主として化政期かせいき以降に、「おらァ江戸っ子だ」と江戸っ子ぶる江戸っ子、私はこういうのを自称江戸っ子と呼ぶことにしているが、この自称江戸っ子と、そうではなくて、日本橋の魚河岸うおがしの大旦那たち、蔵前の札差ふださし、木場の材木商の旦那たち、霊岸島れいがんじまや新川界隈の酒問屋とか荷受商人というような、元禄げんろく以前ごろから江戸に住みついて、江戸で成長してきた大町人ならびに諸職人たち、こういう人たちは、自分で江戸っ子だと威張るようなことはしない。

このような江戸を故郷墳墓ふんぼの地として大々住み続けてきた江戸町人、こういう人たちが江戸っ子の主流だということが、文献でよくわかる。

私のいう二重構造は、こういうことなのだが、明治以降の近代日本で江戸っ子が話題になるときには、もっぱら自称江戸っ子が江戸っ子のすべてであるように考えられてきたきらいがある。

悲しいことに多くの知識人がこのように考えてきた結果、一般に江戸っ子に対する一面感だけが江戸っ子の全体像であるように思い込んでしまったようである（西山松之助（著）『江戸っ子』）

西山氏は、元禄げんろく時代（1688年〜1704年）以前ごろから江戸に住みついて、自分を江戸っ子だと威張るようなことをしない人々が「主流江戸っ子」であり、化政期かせいき以降（1804年〜1830年）に「江戸っ子」と威張るような江戸っ子を「自称江戸っ子」として区別しています。

江戸時代後期に江戸を中心として栄えた町人文化を、その最盛期とされる文化・文政期（1804年〜1830年）を中心に据えて定義される時代区分を化政期かせいきとも言います。「化政かせい」は、「文化」と「文政」の略です。

明治以降の近代日本で「江戸っ子」が話題になるときには、江戸っ子と威張る「自称江戸っ子」のイメージだけが江戸っ子の全体像のようになってしまったと指摘しています。

江戸っ子と「いき」

江戸っ子の気質を表す表現として、「いき」という言葉がよく使用されます。

江戸時代の日本人の美意識について書かれた古典的名著に、九鬼周造くきしゅうぞう（著）『いきの構造』があります。

九鬼周造くきしゅうぞうは、「いき」の第一の微表ちょうひょうは異性に対する「媚態びたい」であるといいます。

そして、「いき」の第二の微表ちょうひょうは「意地いじ」、すなわち「意気地いきじ」であり、「いき」は、「媚態びたい」でありながらなお、異性に対して一種の反抗を示す強みをもった意識であると語っています。

「いき」の第三の微表ちょうひょうは「諦め」であり、運命に対する知見に基づいて執着しゅうぢゃくを離脱した無関心であるとしています。

九鬼周造くきしゅうぞうは「いき」を定義し、「垢抜けて（諦め）、張のある（意気地いきじ）、色っぽさ（媚態びたい）ということができないであろうか」とまとめているのです。

江戸っ子の反抗意識

九鬼周造くきしゅうぞうが語った「江戸児の気概」とは、異性に対する一種の反抗を示す意識としても、認識できます。

ただ、当時の封建社会ほうけんしゃかいによる身分制度を考慮に入れると、「意気地いきじ」とは異性に対する反抗を示す意識だけでなく、社会構成上、町人より身分が上に位置していた武士に対する反抗の意識、江戸に来ている田舎の侍に対して、身分だけは高いが田舎者ではないかというような見下す意識もあったと考えられます。

封建社会ほうけんしゃかいとは、君主が中間領主に土地の支配権を認定し、中間領主は領地と領民を支配して年貢を納めるという、土地を媒介にした支配構造のことです。

「いき」の反対語は、「野暮やぼ」であり、江戸時代のことわざに「野暮やぼと化物ばけものは箱根から先」（大都市である江戸には、野暮や化物などいないという意味）があり、これも江戸っ子が「身分が高いだけの田舎者」に対する意識のあらわれとも考えられます。

「いき」の第三の微表ちょうひょうである「諦め」は、封建社会ほうけんしゃかいにおける身分制度に対する諦めも多く含まれていたと考えられます。

芸術表現としての「いき」

九鬼周造くきしゅうぞうは、「いき」の芸術的表現として、「永遠に動きつつ永遠に交わらざる平行線は、二元性の最も純粋なる視覚的客観性であり、模様として縞しまが「いき」とみなされるのは決して偶然ではない」というように語っています。

着物の柄としての縦縞は、宝暦ほうれき（1751年〜1764年）ごろまでは横縞より少なかったようですが、明和めいわ（1764年〜1772年）ごろから縦縞が流行しはじめ、文化文政ぶんかぶんせいじだい期（1804年〜1830年ごろ）にはもっぱら縦縞が用いられるようになりました。

九鬼周造くきしゅうぞうは、「横縞より縦縞の方が「いき」であるといえ、縦縞は、文化文政の「いき」な趣味を表している」というように『いきの構造』で語っています。

「いき」と色彩

九鬼周造くきしゅうぞうが「いき」の色彩を論じた部分では、「赤系統の温色よりも、青中心の冷色の方が「いき」であるといっても差し支えがなく、紺や藍は「いき」である」というように語っています。

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江戸っ子に好まれた川越唐桟

「いき」の気質を持った「江戸っ子」が、外着として好んで着用したのが川越唐桟かわごえとうざんなどの縞柄の着物（縞物しまもの）です。

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唐桟とうざんは、江戸の昔から、ポルトガル船などによって舶来はくらいされた縞柄の木綿織物のことです。

インドの西海洋のマラバル地方のサントメ港の名前から「唐桟留とうさんとめ」と呼ばれたことから「唐桟とうざん」の名前が生まれたと考えられます。

唐桟とうざんは、鎖国時の江戸時代にも輸入されていましたが、当時は値段が高く、庶民のものではありませんでした。

江戸末期（天保てんぽう）から、輸入によって極細の木綿糸が安く手に入るようになり、当時は絹織物の産地であった現在の埼玉県川越において、いち早く唐桟が織られるようになりました。

唐桟とうざんは、平織りで、一般的には極細の木綿の双糸そうしを、2本引き揃えて織り上げられます。

このため、木綿の硬さが弱まり、シルクのようなしなやかな風合いになるのが特徴的です。

唐桟とうざんは、人気を集め、川越唐桟かわごえとうざんを略して「川唐かわとう』の愛称でも呼ばれ、江戸っ子に好まれたのです。

唐桟とうざんの最盛期は明治時代で、その後は衰退していきました。

【参考文献】

1. 九鬼周造（著）『いきの構造』
2. 『埼玉県民俗工芸調査報告書 第1集 長板中型』
3. 『川越唐桟縞帳』田中屋美術館』