染色を一言で説明するとすれば、「染料を水と熱によって繊維の中に拡散させ、結合(染着)させること」です。
液を発酵させる藍染や一般的な草木染めにおける温度を高めた染色液に布や糸を浸して染色する「浸染法」では、浸染中に染料液の水分と熱によって、染着が同時に起こります。
一方、引き染めや型染めなどの捺染法では、染料を布地に付着させる工程と、染着させる工程が分かれているため、布を蒸気の中で蒸す工程が必要になります。
染色の工程に蒸しの作業が必要な理由
通常、染料液で布地に模様を描くことを「染色」と認識していても、それは厳密には染料が布に付着しただけで、染料と繊維の結合である染着はまだ起こってません。
生地に付着した染料は、蒸し器の中で蒸気の水分と熱によって高温の染料液となり、繊維と結合していきます。
つまり、浸染と同じプロセスが蒸し器の中で起こっており、こうした染着のメカニズムは、浸染法でも基本的に変わりません。
染色の工程に蒸しの作業が必要な理由としては、「蒸し」の工程を行うことで布地に染料がしっかりと染着し、染料の持つ完全な発色や色合い、そして堅牢度(色の落ちにくさ)が得るためです。
蒸しの重要性
「蒸し」の水分といっても、生地が湿る程度のものなので、浸染のように染料液が自由に移動して、布全体を均一に染着させるわけにはいきません。
そのため、ムラを少なく染めるためには「蒸し」の工程の前に、染料液を布地に均一に付着させておく必要があります。
蒸しに使う蒸気は、蒸し器の中の蒸気圧や、蒸し器への蒸気の供給量、さらには外気の温度などの条件によって、含まれる水分量が変わってきます。
蒸気の温度が高い場合は、蒸気に含まれる水分量は少なくなり、逆に蒸気の温度が低くなると、水分量は増えます。
例えば、やかんの口から勢いよく吹き出す蒸気も、口に近い部分は透明で、その先は湯気となって白く見えます。
これは、口に近い部分が高温の蒸気であり、その先は温度が下がって白い湯気として見えるためです。
このように、蒸気はさまざまな条件によって、その状態が異なります。
蒸しに使う蒸気は、生地に適度な水分と温度を与えなければならないため、蒸気の温度や湿り度(蒸気に含まれる細かな水滴(湯気)の度合い)などの条件を管理することが重要です。
蒸しの工程を専門に扱っていた業者は、ボイラーから供給される高圧蒸気を使っていました。
この蒸気は湿り度が低いため、バルブを操作して減圧し、適度な湿り度を持つ蒸気に変えて蒸し器に供給していました。
蒸しがうまくいかない場合
蒸気の水分量の違いから、湿り度が低いと染料本来の色がきちんと発色せず、発色不良が起こります。
逆に、湿り度が高すぎると、蒸している過程で湿りの不均一による色濃度の差、いわゆる「湿りムラ」が起こる可能性が高まります。
簡易的な蒸し器は水分の多い蒸気になる可能性が高いため、蒸し器に入れる染色物の量を減らしたりして、蒸気の流れを均一に保つことで、湿りムラを防ぐ必要があります。
蒸気の湿り度は、蒸し器の中に入れる染色物の量や、その染色物の乾燥度によっても変わってきます。
たとえば、型友禅などで糊を置く面積が広く、しっかりと乾燥した染色物を蒸す場合には、湿り気を持たせたおがくず(木くず)を振りかけ、生地に湿り気を与えることがあり、これを「湿り蒸し」と呼びます。
また、色糊などを生地に置き、糊が濡れている状態でおがくずをかけて蒸す方法は「濡れ蒸し」と呼び、特別な湿り気を生地に与えず、そのまま蒸す方法を「空蒸し」となどと呼ばれました。
外からは見えない箱の中で進む蒸しの工程は、布を水洗いして乾燥させるまで結果が分からないという意味で、焼き物が窯の中で焼かれて作品へと変わっていく過程に似ていると言えます。
【参考文献】『月刊染織α1997年11月No.200』