蚕(かいこ)の繭(まゆ),絹糸(シルク糸)の原料

野蚕シルクの種類と特徴、家蚕シルクとの違いについて


シルクの素材を扱う上で、「家蚕かさん」、「野蚕やさん」という言葉に出会います。

野生であったものを人工的に繁殖させたり、品種改良しながら飼育されたが「家蚕かさん」と呼ばれます。

野生に生息していたり、野生に近い状態のマユをつくる昆虫類を「野生絹糸虫やせいけんしちゅう」と総称し、その中で特に実用的なマユをつくる品種を「野蚕やさん」と呼んでいます。

蚕(かいこ)の種類

かいこは生物分類学上、鱗翅目シンシモク蛾類がるいに属していますが、大きく分類しますと、6種類に分類できます。

  • カイコガ科・・・カイコ(家蚕)、クワコ(桑蚕)、インドクワコなど
  • ヤママユガ科・・・サクサン(柞蚕)、ヤママユガ(天蚕)、クスサン(樟蚕くすさん)など
  • ギョウレツムシ科・・・アナフェサンなど
  • カレハガ科・・・カレハガ、オビカレハなど
  • ミノガ科・・・チャミノガなど
  • ヤガ科・・・キノカワガ、ハイイロリンガなど

この中で、特に実用的なマユをつくる野蚕がヤママユガ科に属しており、マユをつくる蛾類の多くは熱帯や温帯地域に生息しています。

マユの色や形、大きさもそれぞれ違いがあり、家蚕のマユは人間の都合の良いように淘汰改良されてきたため白色ですが、本来野蚕のマユは、天敵から身を守るために、タンニンによって茶色味ががったものや、フラボン系色素によって黄緑色をしているのが一般的です。

日本におけるシルクは白、というイメージをもつ人が多いと思いますが、インド産のシルクなどは、精錬していないものですと、やはり茶色味がかったものが多いです。

それは、マユそのものの色ということです。

Cocons de vers à soie

Stéphanie Thimonier-Vial, CC BY-SA 4.0 , via Wikimedia Commons,Link

野蚕シルクの特徴

茶色味ががったマユは、それに含まれるタンニンがセリシンを溶けにくくしたり、無機物やロウ分が多いため、煮出したマユから糸をとって生糸にすることは、簡単ではありません。

マユ自体の厚さや硬さに個体差があり、家蚕のように整った糸を効率よく取ることは難しく、糸の太さが不揃いで、強度や伸びさすさもバラバラだったりするのも特徴的です。

一方でそれが、野蚕独特の光沢感や風合い与えると言えます。

野蚕シルクが染まりづらいと言われる理由として、以下の2点が挙げられます。

  • シルク糸の主要成分であるフィブロインを構成するアミノ酸の組成が家蚕シルクと異なっている
  • 吸湿性きゅうしつせい(物質が水分を吸収、あるいは吸着する性質)が低く、表面の構造が緻密であるがゆえに染料が浸透しにくい

染め物の素材としては、家蚕の方が染まりが良いので、手描き、型染め、絞り染め等さまざまな染めに家蚕は活用されてきました。

日本における家蚕シルク

日本において、絹といえば、もっぱら家蚕のことを指します。

日本における養蚕は、中国から技術が伝わってきたものを、第21代天皇であった雄略天皇ゆうりゃくてんのう(418年〜479年)が、養蚕を広めようと織布技術を導入したとされています。

江戸時代になると、各地の大名も大いに養蚕を推奨し、山地に桑を植え、農閑期の養蚕によって農民の生活をうるおし、製糸や織物業を興しました。

そしてこの流れは明治、大正、昭和初期まで連綿と引き継がれていき、養蚕業の生糸生産高が昭和9年(1934年)に約4.5万トンと最盛期をむかえたのです。

生産量が増えたのは、養蚕技術の研究が進んだことが大きな要因で、「雑種強勢ざっしゅきょうせい」という品種改良によって、日本の絹が世界一の高品質だと言えるまでのものになったのです。

関連記事:日本における絹(シルク)の歴史。人間が蚕と紡いできた歴史とこれから

一反分の反物を織るために必要な繭(まゆ)の数

一反分の着物の着尺約12mを織るために必要な絹糸は、もちろん前後はありますが700gほどは必要になります。

1粒のまゆから、長さ800m〜1600mほどの糸がとれ、重さは大体1.5g〜2.5gで、まゆのうち糸になるのは約17〜20パーセントほどです。

仮に、まゆ一粒あたりを2gとし、一粒から重量の20パーセント絹糸がとれるとすると、0.4gとれることになります。

その場合、例えば2000個のまゆで、4kgほどの重量になり、そこから20パーセント絹糸が取り出せるとすると800gになります。

2gのまゆから、0.4g絹糸がとれるとすれば、1,750粒のまゆがあれば、ちょうど700gで、一反分の生地を織ることができる計算です。

Cocoon - Bombyx mori - Kolkata 2013-06-04 8547

蚕,繭,Biswarup Ganguly, CC BY 3.0, via Wikimedia Commons,Link

シルクという素材の特徴

カイコがつくり出すまゆ(シルク繊維)は動物性タンパク質でできているために、多くの性質が生まれます。

  • シルクの繊維がこすれ合うときにロイヤル・サウンド(絹鳴りきぬなり)が発生する
  • 天然繊維のなかで随一の細さで、繊維や糸の太さ(繊度)が、0.9〜2.8デニール
  • 繊維の引っ張り強さは強く耐久性があり、繊維が伸びたものが戻りやすく、衣類や生地が洗濯や着用によって変化しづらい
  • 自然にできる布のたるみが、波打つように美しいひだを描き、ドレープ性に優れている
  • 水分を適度に吸収するが放湿速度も比較的早いため、布地がべたつきにくく、肌触りがなめらか
  • 生地が薄い割には、保温性が高く、羊毛に次ぐ湿潤熱しつじゅんねつが発生する
  • 多くの繊維と比較すると染色性が非常に良い
  • 日光の紫外線に弱いため、黄色に変色したり他の繊維に比べると脆くなりやすい傾向がある
  • カビにくいが、防虫性に劣り、虫に食われやすいのでタンスなどでの保管管理には注意が必要
  • 酸に対しては綿よりも強いが羊毛より弱い
  • アルカリに対しては羊毛より若干強い

現在では、シルクのように昆虫のマユから得た繊維というのは、人類が消費している繊維のなかでは、1%にもなりません。

人類は5000年以上も前から、マユを利用して糸をつくることを知っていたようですが、現代においては貴重で最高の繊維とされているシルクの価値を再考してみる必要があるように思います。

【参考文献】『染織α1990年11月号』


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です